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眺めのいい丘



第三部

僕はあわてて、病院内の資料室に向かった。
彼女の笑顔の違和感に・・・思い当たるふしがある。
「確か・・・鍵の番号は・・・。」
僕は資料室のドアを開けると、膨大な量の資料と向き合った。
「・・・また増えてないか?ここの資料。」
まあいいや、僕は膨大な資料の中からおめあてのモノを見つける。
「あった、確かこれだ・・・。」
「やっぱり。」
笑顔の引きつり、臓器に過度の負担がかかると起きる、後天性、先天性、両方の種類がある。
この症状は僕が以前体験している。
僕の思い違いだといいんだけど。
僕は資料を元の位置に戻すと、資料室から出て行った。



僕は父にこの話をした、もう一度きちんと検査をしてもらおうと思ったからだ。
まあ勝手に資料室を覗いたのがバレたのが痛かったが。
そんなこんなで、最初はあまり僕の話をきちんと聞いてはくれなかったが、一時期の僕と同じ状態である事を分からせる事に成功したので、もう一度検査をしてくれるとのことだ、しかも本格的に。
もっとも僕の以前の病気は『体力のない子供』に症状が現れると危険だっただけ。
症例自体は少なくは無いし、何よりここの病院には『僕』を受け持った医師がいる。
心配はないと思う・・・多分。
一番いいのは僕の勘違いで終わる事なのだが。



僕は今日、彼女の病室で夕方まで彼女と話をしたり、ゲームをしていた。
今は資料室で、自分の病気への対策や、自分の検査結果を眺めどのように対応したのかを自分なりにまとめた、資料室の資料とかは持ち出すと怒られるからね。
・・・自分がどんな病気にかかっていたかを調べるにつれて、自分がどんな状態になっていたかを理解できるようになった、そのおかげか治ったはずの病気に対する恐怖心と小さな興味が湧きあがってきた。
まず、先天性、後天性の両方に症状があらわれること。
病巣は臓器へ伸びる血管、そこに不純物がたまりやすくなり、酸素の流れを妨害する、そのため激しい運動などをすると酸素が不足して、胸が苦しくなる。
そのうち、不純物が血液の流れに干渉するようになり、血液の流れを妨げる。
白血球が不純物を排除しに来るのだが、そのうち白血球の数が不純物の発生に間に合わなくなる、そのせいで抵抗力も下がる。
そのうち、全身へと、特に脳への酸素供給が絶たれ、結果死に至る。
先天性のものは発病(不純物が流れに干渉をしだすのが)が9〜11歳くらい。
後天性のものは事故が元になる事が多い。多いといっても砂漠で米粒を探し当てるような確立だが。
また、先天性にのみ再発する事もある。
まあ血管に起きるガン細胞のようなものだ。
心臓のすぐそば、動脈に病巣があるため、手術は困難を極める。
さらにただ不純物を摘出しても、少しずつ不純物が同じ場所に溜まってしまう。
不純物を生み出している原因は血管の内側の壁の細胞の一つ。
常に臓器と隣接する血管に発症するため手術は困難を極める。
さらに現代の医療技術ではピンポイントでナノ単位の細胞を治療するのは不可能。
付近の細胞、血管の壁ごとを削らなければならない。
「僕の病気を治すにはものすごい技術が必要だったんだな・・・」
不純物自体は白血球でも排除出来るのだが、体の完成していない子供の白血球では間に合わないのだ。
「微妙な所・・・かな?彼女は」
「何が微妙なんだって?」
「うわっ!」
すぐ後ろに、いつの間にか白衣姿の父がいた。
「ふむ、良く書けているじゃないか。処方の種類まで調べているとは正直意外だがな。」
そう言いながら僕のノートを覗き込む。
「勝手に見ないでくれよ、っていうか、僕がここに忍び込んでいること知ってたでしょ。」
「まあな、息子のガールフレンドの為にここで調べ物をしようとしたら、あら不思議、我が息子が真剣な顔で自分のカルテを覗き込んでるではないか」
「・・・むぅ」
「それでいて、息子が留守中に病室を調べると、専門用語だらけのノートが一冊」
「・・・いつの間に忍び込んだんだよ」
「お前が木村さんとやらにアプローチをかけている最中さ」
父が肩をすくめながら、しれっと言いのける。
「なんと息子が私の代わりに調べてくれているじゃないか!これは調べ終わるまで待つしかない!」
ここまで言うと拳を握り締めてこちらを向く。
熱弁するなよ、そんなこと。
「うわー、すげぇむかつく」
「しかしカルテを読めたな、ドイツ語で書いておいたのに。」

医師達は、診察中の患者にカルテを覗かれても構わないように母国語(ここでは日本語)では書かない、普通なら。 「父さんが勉強しておけって言ったんじゃないか。簡単な単語や医療用語ならとっくに覚えたし、日常会話くらいなら出来るよ。アクセントがあっているかは謎だけどね」
「簡単なって・・・」
「で、折角だから聞いておこうかな」
「なにをだ?」
「彼女、僕の時と比べてどうなの?手術はうまくいきそう?」
「・・・」
僕は父の返事を待った。
・・・・。
・・・・・・・。
「ねぇ?」
「患者の家族でもなんでもないお前に教えて言い訳は無いだろ?」
今までの沈黙は何なんだよ。
「もし興味・・・じゃなくて心配なら、彼女のカルテを見て自分で判断しろ。こういうのもなんだが、いい機会だ。じっくり勉強をして自分なりの答えを出してみろ」
諭すような言い方をする父。
「患者の家族以外に教える気は無いっていったのはどこのどいつだよ?」
「知る機会を与えられるだけありがたいと思うんだな、いずれお前はじいさんや私の後を継いでこの病院の院長になってもらうんだ、知識と観察眼を養うにはもってこいの状況だ」
父はいいながら僕の頭を撫でる。
「お前の友達が苦しんでいるのに、それを利用するのはどうかと思うのだが」
「・・・ただ僕と彼女を比較した資料が欲しいんじゃないのか?」
ふ、と思ったことを口にしてみる。
「・・・・・・」
・・・・。
「という訳で頑張れ、私は仕事に戻る」
「そうなのか!」
「はっはっはっ、そんなことは無いぞ。父は純粋に息子のことを思って行動しているのだ」
うわ、嘘くさっ。
「親しいものが患者となれば、お前の気合いの入れようも違うだろう。それじゃあ失礼」
それは図星なのだが・・・父が信用できなくなるのは気のせいなのだろうか。
否、断じて否。
父はカルテ室のドアから廊下へ消えていった。
「まあ・・・何はともあれ父さんの許可も出たことだし、ゆっくりやるかな」
僕は僕のカルテと彼女のカルテを一行一行読み比べる。
レントゲン写真・・・。
血液内のことまでは流石にわかんないな。
一日の経過・・・。
は・・・まだあんまり変わんないか。
血管の状態や血液サンプル。
嫌だな・・・僕の血液に比べて、彼女のそれは明らかに白血球が少ない。
「・・・あれ、僕の血液内に白血球が異常に多かったんだっけ?」
手術してからの、まあ特異体質みたいなものだ。
発病の時期・・・。
は関係なし。
手術への段取り・・・。
etc etc・・・。
「僕と同じ事をしたら、彼女も僕と同じように成長が止まったりするのかな?」
毎日頭に浮かぶ疑問、いやな疑問だ。
答えは誰にもわからない疑問。
彼女には僕のようになってもらいたくない、僕自身そう思う。
・・・思えたい。
「あれから数年も経っているのに、まったく医療方法が変わってないんだな」
それほどに珍しい症例なのか、ただ単に医学が進歩していないのか。
「とりあえず・・・一日で見比べられる量じゃないな、見ても分からない部分もあるし、今日はここまでかな?」
僕は自分のカルテと彼女のカルテを片付ける。
時間があるわけではないが、あせっても何も始まらないし。
僕は自分のノートを持ってカルテ室を後にした。



「おはようございます」
僕は彼女に挨拶をした、最近の日課だ。
「・・・・」
彼女がベッドから顔を出す。
(あれ?まだ寝てたかな?)
「あ、おはよう」
気付いてくれてなかったらしい。心なしか顔色も悪く見える。
「どうしたんですか?元気がなさげですね」
「うん、最近に検査が多くて疲れちゃって」
「仕方が無いですよ、怪我人なんですから」
「そうなんだけどー、最近外にも出かけてないし。気が滅入っちゃって」
そう言い彼女は窓から外を見る。
窓の外には秋特有の霞雲の残る青空、日の光がやわらかい。風も強くなく、気持ちがよさそうだ。.
「じゃあお散歩に行きますか?」
「え?」
「いつもの場所に、行きませんか?」
「魅力的なお誘いだけど・・・いいのかな?」
「いままで十分に休養を取っていたし、車椅子とかでならいいんじゃないですか?」
本人のみ知らないが、もう怪我は治っているし。
「じゃあ、散歩がオッケーかどうか聞いてきますね」
僕は父のところに向かう・・・。
・・・数分後。
「大丈夫だそうです、車椅子も借りてきたから乗って」
「うん、それじゃあ」
彼女は少し照れくさそうに車椅子に乗る。僕は彼女にひざ掛けをかけてから、車椅子をゆっくり押し始めた。



「気持ちがいいですね」
実は僕も病院から出てきたのは久しぶりだ。
「そうね、自分の足で歩いていないのが残念だけど」
彼女はそう言うと顔を僕の方に向ける。
「でもこれはこれでいいかもしれないわね、祐介君が押してくれているし」
彼女は、くすくすっ、といたずらっぽく微笑む。
・・・少し照れました。
「立場は完全に変わっちゃったけどね、ちょっと前までは私が祐介君の体を心配して、病院まで送って行ったりしてたのにね」
再び前を向きながら彼女が言う。僕はどんな表情をすればいいのか分かりませんでした。
「まさか車椅子に乗りながらココに来るとは思わなかったわ」
「僕も詩織さんを乗せた車椅子を押す日が来るとは思いもしませんでした」
「あははは、思われてたら思われてたで怖いけどね」
「そうですね」
「・・・」
「・・・・・・」
しばしの沈黙。
「はあ、学校行きたいな」
突然彼女が愚痴をこぼす。
「勉強が好き・・・という訳ではなさそうですが」
「うん、友達に会いたいのと・・・部のほうの練習を最近やっていなかったから」
彼女は少し不安気に言う。
「おなかに負担をかけてはいけませんからね、今日も歌ってはいけませんよ」
「・・・いぢわる」
不満を僕に言う。
「・・・学校って楽しい所なんですか?」
「え?」
「僕は最後に通っていた学校は私立の小学校でしたから、友達とかもあんまり出来なかったんですよ」
「・・・」
彼女は何かに気付いたかのように小さく息を漏らす。
「それもかなり前の話です。それ以降入院生活でしたからね、病院内で出来た友達も、どんどん退院していってしまいましたから。中には退院した後も、僕に会いに来てくれていた奴もいましたけど・・・次第に来なくなったり」
「・・・ごめんなさい」
しまった。と僕は心から思った。
「すいません、変な話をしてしまって」
その一言、消え入りそうな声で言っている僕は急に自分が情けなく感じて、弱さを出した事に後悔を感じた。
「祐介くんってさ」
彼女は前を向いたまま僕を呼んだ。
「・・・」
「見た目より、ずっとずっと大人びた感じがするのよね。」
多少そういう感想を貰わないと切なくなるのは気のせい。
「そうですか?」
「そうよ、意識的にそうしてるのかな?って最初は思ったけど、全然違った、自然にそういう感じが会話の中に出てくるもの」
実年齢の事を知ったら驚くだろうな。
「いままでそうやって、いろんな人と接してきてるんでしょ?誰かに言われなかった?」
そんな風に思われる前に、たいがいは付き合いがなくなっているからなぁ、年齢的に考えると普通だし。
「いえ、特には」
「そういう感想をもたれる前に、会話をしなくなるから?」
心を読まれたような、そんな気がした。
「・・・」
「やっぱりそうなんだ?」
むっとした。他人に腹を立てるのは久しぶりだ。
なんで突然こんな事を言われなくちゃいけないんだよ。
「・・・そうですよ?病院関係者以外の人間とはあまり会話をしませんからね、入院中に出来た友達も退院してしまえばそれまでですからね。」
「・・・」
何を思ったか、彼女はじっと黙りこくってしまった。
僕も、それ以降何も喋らずに車椅子を押し続けた。



「なんだか久しぶりね」
『眺めのいい丘』に着いた。ほんの数週間来なかっただけなのに、妙に懐かしく感じた。おそらく彼女もそうだろう。
「本当に久しぶりですね」
「でもおかしいよね、実は一ヶ月くらいかな?来なかっただけなのにね」
「でも変わらないね」
「一ヶ月やそこらで景色が突然変わるなんて聞いたこともありませんよ」
僕は微笑みながら彼女をベンチの横に押していく。
「ふふ、『いつもの場所』だね」
そんな僕を見て彼女も笑う。
「はい、『いつもの場所』です、落ち着くでしょう?」
「そうね、ここなら・・・」
「はい?」
彼女が言葉を詰まらせる。
「日差しが暖かいね。」
「そうですね・・・この間までだいぶ暑かったのに、すごしやすくなりました」
僕等はこの場所で風にあたり、光を浴びる事を喜び楽しんだ。
彼女は、病室の中よりもだいぶ口数が増え(元々多いが)また、僕の話にも耳を傾けてくれた。
連れ出して良かったと思った。
「あ〜〜〜〜〜気持ちがいい」
彼女はそう言うと背伸びをした。
「そうですね、病室にいるよりも全然いいです」
顔色も表情も健康的だ。
「ところでさ」
彼女が僕の頭に手を乗っける。
「なんですか?」
僕は彼女の顔を見る。いつに無く真剣な面持ちだ。
「来るときにさ、なんであんな話をしたと思う?」
また嫌な話題を持ち出す気らしい。
「もっと人付き合いを良くしろとか、そんなお話ですか?」
僕は彼女から目を離し前の景色を見る。
「・・・そんなところだけど、でもそうじゃないよ」
少し口調が強くなっている。そんな気がする。
「なんでそうなっちゃったの?やっぱり入院しているうちに?」
「そうなっちゃったの?って言われても・・・」
「だって祐介君、会話をするときに何か距離を置いて喋ろうとしているもの」
「・・・」
「病気の事・・・先生に・・・君のお父さんから聞いたわ」
「!?」
「君が四年も前に成長が止っちゃったことも、その原因が心臓の手術によるものだって事も・・・」
「・・・」
それじゃあ・・・もしかして・・・。
「・・君が実際は私と同い年だって事も・・・病院以外では生活が出来ないって事も・・・。」
僕は彼女の方へ顔を向ける。
彼女は涙を流していた。
そして・・小さく言い放った・・・。
「私が・・・君が四年前にかかったのと同じ病気を持っているって事も・・・。」
どんな気分でこの話を父から聞いたのだろうか?
自分の生命の危機。それも身近な人間に手術が成功した者がいる。しかし・・・その人間は生き長らえているだけで、入院生活を余儀なくされている存在、手術が成功したのかどうかすら怪しく思える。
「そう・・・ですか。」
彼女の涙が頬をつたう、その途中で彼女の指がそれを拭いとる。彼女は涙が頬をつたうたびに拭う。
「祐介君・・・、君が気付いてくれたんだってね?先生が言っていたわ」
父さんめ、余計な事を。
「・・・はい、黙っていて、すいませんでした」
僕は大人しくそれを認める
「ううん、いいの。でもどうせ知らされる事ならなら、君の口から聞きたかったな。」
「最初に気が付いたときは・・・はっきりとした確証をもてませんでした。でも・・・、少し不安になったので父さんに相談して『昔の僕の症状に似ている』そう言って再検査をしてもらって・・・」
「・・・」
彼女は僕の話を目を閉じて・・・必死に聞いている。
「その後・・・何日かして検査結果を見せてもらって。確証を得た時からはもう父が動いていたから」
カルテは勝手に見たんだけど。
「・・・ありがと」
「・・いえ」
「でも・・・病気の事を知っても、祐介君はあまり態度を変えないよね?」
「え?」
突然・・何を言い出すんだこの人は。
「私に対しては優しく接してくれる・・・一生懸命病気について調べてくれているのも聞いているわ」
またしても父さんか・・・。
「でも・・・まだ私と話すときにも距離を感じるよ・・・壁みたいなものを作ってる」
なんで僕の事を言うんだろう?
「少しづつ、距離は感じなくなってきたけど。それは私に対してだけ。それに私ともまだ離れてるよ!」
「そんなこと・・・」
「あるでしょ!絶対あるわよ!それってすごく悲しい事だと思わない!?」
なんでさっきから僕の事なんだよ!
「・・・それでも僕には仕方の無い事なんですよ」
自分の心配をしろよ!明日には死ぬかもしれない、そんな体なんだぞ!
「人と接するのが怖いの?人を信じることが出来ないの?」
彼女が僕の肩へ手を伸ばし、僕を抱き寄せようとする。
「僕には・・・僕には必要のないものなんですよ!」
僕は彼女の手を振り払うと、顔をそむいた。
怒鳴るなんてことは生まれて始めて・・・少なくとも今までの記憶には無い事だ。
「いままでも、僕に近づいてきたものはみな去っていくんです!特に友として接しようとしてくるものは!」
さらに大声になる。
「僕に寄ってくる人間は皆、自分の事しか考えてないんです!考えなくていいんです!なのに・・・」
気が付くと・・・涙が・・流れていた。
「なのに・・・なんで貴女は・・・」
何故?
何故!?
「なんで・・・自分が・・死ぬかもしれない・・・・・・損な状況の中で・・・。」
彼女が僕を後ろからゆっくりと抱きしめる。
「なんで・・・僕なんかの心配が出来るんですか?」
僕の目からはいっぱいの涙が流れ落ちる。
「嫌?」
僕はかろうじて、首を横にふる。
「ふふっ、やっと本音が聞けたね?」
「え?」
僕は抱きしめられたまま彼女を見る、その目は少し赤い。
「私ね、おせっかいなの」
「・・・知っています」
僕は涙を拭いながら言う。
「あのね最初にね、君に会ったときの感想はね」
「はい」
「『可愛い』だったの」
「そうですか」
「気を悪くしないでね?見た目もあるけど。子供の癖にずいぶんと落ち着いた物腰で、笑みが可愛くて、私の話を真剣に聞いてくれる」
「僕は病院以外の話が新鮮だったのと、同年代の人間と放す機会が珍しかったから、少し嬉しかったです」
「次の感想は、『生意気』」
「ずいぶん評価が下がりましたね」
「私と話をしているときに、妙に気を使ったり。そのころは可愛げが無かったかな?」
「僕は不安でしたよ、なんでこんなにも僕に構っているのか・・・ってね」
「あははははは、でも楽しかったからいいじゃない」
「そうかもしれませんね」
そんなことを言いながら、僕は座りなおす。
彼女は僕から手を放すと、隣に座る。
「で、病院での感想は・・・『うれしかった』」
「なんで、入院して嬉しいんですか」
不謹慎な。
「別に変な意味で嬉しかったんじゃないわよ?純粋に、心配してくれて嬉しかったんだから」
「そりゃあ・・・心配もしますよ、つい先日まで能天気に笑っていた人が突然ベッドで運ばれているんですから」
「能天気って・・・」
「変な評価のお返しです」
僕は少し照れた。
「もー、ひどいじゃない」
「まあ交通事故では仕方の無い事ですよね、幸い『怪我』のほうは大事に至らなかったようですから」
「まあ、ね。おかげで変なの出来ちゃったけど」
「僕はその変なのを生まれたときから持ってたんですけど・・・」
僕は自然と笑っていた。
「ごめんごめん、で今の感想は」
「感想は?」
「い・・・・。」
「い?」
僕は少し彼女に近づく。
・・・意気地なしとか?その辺かな?
「教えない♪」
(愛しい・・・だよ)
「・・・」
なんでよ?
「あれ?はずしちゃった?」
「なにが『外した?』ですよ、まったく」
「でも君って本当に私と同い年なんだよね?」
「はい、今年で十七になりますからね」
「は〜〜〜」
「流石に信じられないでしょう?」
「そんなこと無いよ。驚きはするけど、妙に大人っぽいのも納得いくし、祐介君本人の口から聞けたからね」
「そりゃあどうも」
「さてと、それじゃあ。話しておきたい事も話したし、病院にもどりましょうか」
元々喋るつもりだったのか。
「・・・そうですね、存分にいじめられたし。風も出てきましたから戻りますか」
「いじめてなんかいないわよ。お姉さんからのありがたいお説教よ」
「同い年です、むしろ誕生日は僕の方が早いんですからね」
「あれ?誕生日なんて教えたっけ?」
カルテを覗いたとは言えまい。
「ほら、それは・・・」
「カルテを覗いたんだよな。」
「先生!」
「父さん!」
突然湧いて出てくるなよ。
「こいつは君の病気について調べるために、君のカルテを除いているからな。誕生日はおろか身長、体重、スリーサイズまで知っているぞ?」
「ゲッ!?」
「なっ!?」
何言い出すんだこの親父は。
「そ・・・そうなの?」
モジモジとひざ掛けを指でいじる詩織さん。
「いや、そこまでは・・・覚えてないけど」
「本当に・・・?」
何を赤くなっているんだ僕は!
「そ、そんなことよりも父さん」
「な!そんなこと?」
何かショックを受けてるみたいなんですが。
・・・とりあえず無視の方針で。
「どうしたの?僕等に何か用?」
昔なら父さんが散歩についてくることは対して珍しくは無いが、最近は滅多に病院から出ることは無かったはずだ。
「ああ、彼女に用があってね」
『え?』
僕と彼女の声が重なる。
「なんでしょうか?」
詩織さんが父に問う。僕の方は父が来たことについて大体予想はついている。
「君の健康状態は、まあ問題ないとしてだ」
いや、問題だらけだろう。
「事故での怪我は完治したと言っていいだろう」
「そうなんですか?」
「ああ、車椅子は念のため、だ。なあ祐介?」
「え?・・・あ、・・・うん」
(怪我は完治していないっていう事にしておくんじゃなかったのかよ)
「なるべくなら寒くなる前に、忙しくなる前に手術をして置こうという話になった」
いい加減だな。
「いい加減だなんて思わないでくれよ?手術に集中するためには最適な状況だ」
そう言って僕をチラッと見る。
・・・また心を読まれたよ。
「それじゃあ・・・。」
詩織さんが僕の手を握る。
「ああ、手術の日程が決まった、それについて説明をするから病室に戻ってきてもらいたかったのだよ」
「そうですか、分かりました」
「それと、祐介。勝手に連れ出すのは良くないぞ?見逃すのは今回きりだからな」
「あははははははは」
何でもかんでもばらさないでくれよ・・・頼むから。
「・・・許可って、おりてなかったんだ?」
「さて、それじゃあ戻りますか」
「・・・好きな事言ううだけ言って、去るんじゃねえよ」
ものすごく小さい声で文句を言ってみた。
・・・虚しいだけだ。とりあえずこれ以上ボロが出ないうちに戻るか。
「それじゃあ、親御さんにも連絡を入れてくるから、大人しくしていてくれよ?」
病室に戻ると父はそう言って、職務に戻っていった。
「祐介君」
小さく彼女が僕を呼ぶ。
「何ですか?」
「ありがと、外に連れ出してくれて」
少し照れながら彼女が言う。
「どういたしまして、早く良くなるように祈っていますよ」
そう言って僕も自分の病室に戻る。
手術の日程が決まったのなら、僕はそれより前にデータの整理をしておきたかった。
別に手術を僕がする訳ではないのだが、ある程度の事は知っておきたかった。



その日から手術の当日まで、何かが変わるかと思ったが。彼女は何も変わっていなかった。
怖がって見せないようにしているのか、それとも本当に怖くは無いのか、それは分からないが。
どちらにしても、彼女は強いと思う。
手術の直前に、僕は彼女には会わなかった。
願掛けみたいなものらしく。
『手術が終ってから、ゆっくり話をすればいい。』
と彼女は言っていた。
仕方が無いので父と話をしておこうと思った、が急患が続いたらしく、話をしている暇が無かった。
「不安になるじゃん」
僕は彼女が出てくるまで待った。
手術は・・・意外にも早く終った。
手術の手順は頭に入っていたのだが、父の腕が良かったのか。それとも他に何か原因があったのかもしれないが、何はともあれ無事終了したらしい。
「ふふ、私も成長しなくなってたらどうしようかしらね?」
彼女が麻酔から開放された後、僕は彼女に会いに行った。
流石に身動きが取れなくなっているが、とりあえず無事らしい。
・・・おかしい。
僕は彼女の顔を見てそう思った。そうだ、顔色が異様に悪い。青白いのではなく、白いんだ。
布団を持ち上げると、僕は目を疑った。
左肩の一部が赤黒く膨らんでいた。
「くそっ!」
僕はあわててナースコールを押した。
『どうしました?』
スピーカーから声が聞こえる。
「早く来てくれ!内出血が酷い!」
僕はそこまで言うと。彼女の顔をみる。
「私・・・大丈夫かな・・・。」
うっすらと涙を浮かべている。仕方の無い事だ。
「大丈夫!絶対に!!」
僕は彼女を励ましつつ、カーテンを開けて入ってきた父と看護婦に場所を譲った。
彼女が気を失っていた。
「くそっ、こんな所へ影響を及ぼすとは!」
父が焦っている。珍しい事だ。
「早く新しい輸血用の血液を持ってこい!それと手術室を開けろ!麻酔と、顕微鏡もだ!」
・・・自分がこれほどまでに無力だと思ったことは、一度たりともなかった。
苛立ちを覚えつつも、僕はその場で何も出来ずにいた。
「くそっ!ばい菌がこんなに・・・だめだ!この血液じゃ!」
父は運ばれてきた輸血用の血液を投げる。
白血球が・・・足りないらしい。顕微鏡で彼女から今取り出した微量のサンプルには白血球がほとんど見当たらなかったようだ。
「一時凌ぎにもならん!免疫力が明らかに足りない!このままでは肩から腐っていく!」
父さん・・・。
父さん・・・・・。
「父さん・・・」
僕はつぶやいた、自分の意志とは関係無しに。
「父さん!僕の血を使え!」
僕は叫んでいた。
「手術後から異様に増殖された僕の体内の白血球を・・・血液を使えば!」
「しかし、そんなことをしたらお前が・・・」
確かに・・・体は子供だ、だから大人以上に、一度に大量の血液を失えば生命の危機に陥る。
だがこの時、父も同じことを考えたのだろう。言葉にためらいがあった。
「僕の事はどうでもいい!僕は今ここで行動に移さなければきっと後悔する!」
「・・・だが」
「考えている時間があるんなら行動に移してよ!」
「・・・いいんだな」
僕は頷く。
「お前がする事は明らかに自殺行為だぞ?中身がどんなに成長をしていようとも体は子供のままなんだからな?」
「分かっている」
「二度と目を覚まさない事になっても知らないぞ?」
父が僕を正面から見据える。
「大丈夫だよ、不老だったんだから、きっと不死さ」
「馬鹿なことを・・・だが、選択肢はなさそうだな」
「ああ、早く用意をしてくれ」
「聞いた通りだ!いいか、すぐに輸血に取り掛かる。」
父が取り巻きの看護婦に声をかける。
「私は彼女に麻酔を撃ってから、肩口の血管破損をどうにかする。その間に用意をしておけ!それと、普通の輸血パックも二人分用意しろ!」
『はい』
父の指示に看護婦達が忙しなく動き出す。
僕は深呼吸をしてから、彼女とともに手術室へ入る。
「大丈夫だ、絶対に」
その時、自分の短い歴史の中で最も真っ直ぐで、最も馬鹿な瞬間だっただろう。
父が僕に笑いかけたような気がする。
僕は結果を見るまで目を瞑る事にした。
献血は初めてだな・・・注射を刺される瞬間が分かった。
二度目の・・・僕と彼女の手術は始まった。



その夜、彼女は僕の隣で寝息を立てていた。
話によるとうまくいったらしい
頭が少しぼーっとするが、まあ大丈夫だろう。
彼女も息はしている。あとは意識の回復を待つだけだが寝息を立てている分その心配も徒労に終るだろう。
そしてこの日が僕の人生の始まりだったようだ。



彼女が目を覚ましてから、少し叱られた。
でも僕は嬉しかった。
その後、僕は彼女よりも早く『退院』をした。
家族達は驚いていた、姉なんかは反対していたかな?
僕は彼女と同じ高校に『編入』した・・・編入試験とやらは思ったよりも簡単だった。
僕は晴れて自分の本来あるべき立場に戻った。
その後、彼女が学校に復帰してからがまた面白かった。
高校に言っている事を黙っていたからね。
彼女はかなり驚き、少し怒り、凄く喜んでくれた。
普通の生活とやらにも、ある程度なれることが出来た。
彼女の成長は止まらなかったようだ。
少なくとも過去の僕とは接点が無い。
一安心と言う奴だな。
部活の方の大会には全然間に合わなかったらしく。
そのことばかりを嘆いていた。
僕はというと、相変わらずチビのままだ。
当然の事だが、背の順になると必ず一番前になる。
そりゃあ高校二年生と元が小学生だからな、同じスピードで成長して行ってはなかなか差が埋まらない。
・・・そう、僕の成長は、再び始まった。
一度に大量の血液を抜いたのがきっかけのようだ。
まあきっかけはなんでもいい。
僕もみんなと同じ時間を共有できる。
友達が出来る。
・・・。
こんなに楽しい事を、僕はいままで知らなかったようだ。
損してたな。
普通に生活できる事の幸せ
それを噛みしめながら生きていこうと思う
それを忘れなければ
僕は永遠に幸せでありつづけるだろう
そう思う



     眺めのいい丘
               fin




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