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眺めのいい丘



第二部


今日も僕はいつものように散歩に出かける。
最近は彼女が頻繁に来るようになったから以前よりかは少し楽しくなってきた。
まあ本当に微々たる変化だが。
歩き慣れた林道を進み、眺めのいい丘へと出る。
今日は、彼女は来ていないようだ。
「今日はいない・・・か。」
そう呟くと僕はベンチに腰掛ける。
ふうっ、と溜め息をすると、空を仰ぐ。
(少し暑いな。)
そんな事を考えつつ、持ってきた本を開く。
しばしの読書の時間を楽しんでみる。
「あ!もう来てたんだ。」
撤回、しばしの読書の時間を楽しもうとしたのだ。
後ろからのでかい声に振り向く、木村さんだ。
「こんにちは、木村さん。元気ですね。」
目次さえ目を通せなかった本を閉じて挨拶をする。
「当然、君はあいかわらず病人君?」
「残念ながら病人君です。まあ運動も出来ますし、発作がある、とかいう事でもありませんが。」
「そうなんだ。」
「そうなんです。」
・・・彼女は僕をじっと見る。
「座ったらどうですか?」
僕はベンチの端による。
「まだダメー。ほら、一応練習をしに来てるんだから。」
そういうと僕の座るベンチの前に立ち後ろを向いて発声練習を始める。
僕はまた本に手を開く。
・・・。
約十分。
発声練習を終える。
「じゃあ、今度の新作歌うからね。ちゃんと聴いてよ。」
「だから僕が聴いても良く分かんないって言っているでしょう?」
僕は苦笑しながら言う。
「それでもいいのよ。ほら、とりあえず誰かに聴いてもらいたいの。」
「そんなこと言って、聴かせ終わった後ものすごく恥ずかしがるくせに。」
・・・。
「わかりましたよ、ちゃんと聴いていますから。そんなににらまないでくださいよ。」
僕をじっと見る目が・・・怖いって。
「うん♪」
僕にクルッと背を向け、街を見下ろしながら、その唄を歌いだす。



今回は季節の流れを詩にした歌のようだ。
まあ感想は上手の一言。
って、言うか他にうまい感想、言えないんだよね。
すごく上手だと思う、そう思う。
上手だと思うんだけど。
何か・・・違和感がある。
しみじみ聴いてみるといつも思う。
この人の歌を聴くと、なんていうか。
『・・・落ち着かない?』
いつも思う、聴いていて不快というわけではない。
とても優しく歌われていて、声も透き通っていて。
彼女の歌が好きか嫌いかと聴かれたら、好きだ。
最近はここまで来るのが、すごく楽しみでならない。
彼女に会えるからだ。
彼女自身とも、話していて楽しいし。
こんなにも優しい歌を聴かせてくれる。
だからとても好きだ。
けど、いつも感想を考えると。
『落ち着かない。』
という答えにたどり着いてしまう。
もっとも、上手か下手かの感想ではないので、そんな事言ったりはしないが。
「どうだった?」
っと、考えにふけっている間に終わっていたようだ。
「上手でしたよ、相変わらず。」
結局、読む事の無かった本に目を落としながら言う。
「ちゃんと聴いてたの?」
僕の前に立ち、本に影を落とす彼女。
「聴いてましたって、だから上手でしたって言えるんですよ。」
本を閉じ、顔を上げて彼女に言う。
「いやー、適当な事を言ってるんじゃないのかなーって思いましてねぇ。」
「なんでそんな事をしなくちゃいけないんですか。」
「だってずーっと本を読んでるんですもん。」
おかげさまで全然読めてないです。
「ちゃんと聴いてましたって。」
僕は本を膝の上に置く。
「で、どんな本を読んでたの?」
ベンチに掛けながら僕に質問をしてくる。
「これですか?ただの教科書ですよ。」
「教科書?入院してるのに?」
「一応、勉強はしているからね。さすがに4年も入院していると学業が遅れるからね、一応自主学習をしているんです。」
「偉いね、あたしなんか学校以外では勉強なんてした記憶無いよ。」
「まあ、わからない事だらけなんですけどね。」
そう言って本を持て余す。
「で、わかんないことって?」
「へ?」
「・・ぷっ、あはははははははは!」
何故か吹き出し笑い出す彼女。
「なんですか突然?」
少しむっとして僕は聴く。
「いやね、いつもとっても冷静って言うか可愛げが無いって言うか。」
「だから何なんですか?」
「つまりね、突然『へ?』とかね、言われてちょっとびっくりしたって言うか面白かったというか。」
「悪かったですね、可愛げが無くて。」
(可愛げがある、とか言われても困るけどね。もう十七歳になるし。)
「あれ?気を悪くしちゃった?」
「別に、可愛いとか思われたくは無いけどね。」
「いや、ね。ははは、そういう意味じゃなくてね。」
彼女はバカ笑いをある程度した後、僕の教科書を持って。
「で、どこがわからないのかなー?って。」
彼女が教科書を開くと、動きが止まる。
そして僕の方に首を向ける。
「・・・コレ、何の教科書?」
「政治経済。」
「君、中学生くらいに見えるんだけど、気のせい?」
「いえ、事実、中学生くらいに見えられているつもりなんですけど。」
「だよね、そのくらいだよね。じゃあコレは?」
「ほら、先生がいませんからね、自分のペースで勉強できるんですよ。」
「・・・君って、もしかして・・・天才君?」
「はぁ?」
「だって、これ教科書というよりは参考書って感じじゃない?」
「そうかもしれませんね。」
「これ今私が学校でやってるのより難しそうなんですけど。」
「そうなんですか?」
「だって私が使ってるのはこれの半分もない薄さよ?」
「そうですね、学校の教科書って内容薄いですよね。」
「そうじゃなくって、っていうか中学生でしょ?公民じゃないの?」
「勝手気ままに進んじゃって、気がついたら教科書じゃ収まらなくなってたんですよ。」
(進みすぎよ・・・私より頭いいんじゃないの?この子。)
「まあ、教えてくれる人がいないから結局一回に半分くらいしか理解できないんですけどね。」
「で、教えてくれるんですか?嬉しいなあ。」
「っと、もうこんな時間ね!風も出てきたし、そろそろ帰りましょ!」
ん?
「大丈夫だよ、まだ時間あるし。それにこのくらいの風は気持ちいいくらいだよ。」
「だーめ、早く退院したいならお姉さんの言う事を聞きなさい。」
言う事を聞いても退院はできないって。
「えー、もう少し、ね?ね?いいでしょ?お姉ちゃん。」
「う・・。」
この人はこの『お姉ちゃん』というフレーズに非常に弱い。これで大体我儘は通るんだな、便利なことに。
「じゃあ、もう少しだけよ?もう少しだけ、でもすぐ帰るんだからね。」
「ありがとうございます♪」
便利だね。
「そういえばさ、前から聞きたかったんだけどさ。」
おもむろに彼女が質問を投げかけてくる。
「はい?」
「入院している病院ってさ、“時巻”総合病院じゃん?」
「そうですよ。」
良く効かれる疑問だ、まあ気にはしていないが。
「やっぱり、血縁だったりするの?」
「はい、僕の祖父が現在の医院長です。」
「へー、すごいね。」
本当に感心しているらしい。
「すごいのは祖父や、その後を継ごうとしている父ですよ。」
「・・・。」
少し驚いた表情で彼女が僕を見る。
「どうしました?」
「いやー、大人だねーと思いまして。」
「そうなんですか?」
「だって、そうでしょ、そういう意見って自分を内からも外からも見れている人しか言えないもん。」
少し・・・照れました。
「そういう事が言える詩織さんも、自分を両極面で見れるんですね。」
「私は・・・自分の事は常にわかっていたいと思っているのよ。」
そう言いながら微笑む。
「それじゃあ戻りましょう。」
そう言いながら、彼女は勢い良くベンチから立ち上がる。
「そうですね、大分おしゃべりも出来ましたし。」
僕も、本を手に持ち、立ち上がる。
「それじゃあ、病院まで送りましょう。」
いつも彼女はそう言うが・・・。
「大丈夫ですよ、最近は体調も全然いいですからね、早く帰って歌の練習でもして下さい。」
と、断らせていただいてます、そこまで世話になるのも何なのでね。
「・・・それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかな。」
「はい、頑張ってくださいね。」
「うん、それじゃ。」
僕たちは手を小さく振り、お互い違う方向へ歩いていく。
・・・今日も気持ちよく眠れそうだ。



『ピーポーピーポー・・・・』
「ん・・・。」
救急車・・・か、この音にももう飽きたな。
コンコン・・・。
病室のドアがノックされる。
「・・・祐介、起きているか?」
父だ。
「どうぞ。」
「どうだ、体調のほうは?」
「体調自体は問題ないよ、最近は定期検査でも異常は無い見たいだし。」
「そうみたいだな、検査の結果は父さんの方にも来ている、顔色もいいみたいだし、問題はなそうだ。」
本当に安心してくれているのだろう、少し微笑む。
「父さんは?仕事ばかりしているみたいだけどちゃんと休まなくちゃ駄目だよ?」
「はは、患者に心配されるようではいかんな。」
「これは、患者としての発言ではなくて、息子としての配慮だよ。」
「それはありがたいな、まあ健康管理は問題ないだろう。しかし今日は急患が多くてね、少し疲れたかな。」
フッ、と父が微笑む。
「ん?どうしたの?」
「いや、最近いい表情をするようになったなって思ってね。」
「それ・・・嫌味?」
「誉めているんだよ、なんでそんな顔ができるようになったかは知らないが、外見はともかく、中身は歳相応になっているようだな。」
「そう思うならもう外に出してくれよ、いい加減に入院生活も飽きてるんだから。」
「それはいかん、普通の生活をする分には問題ないようだがな、ひとところにとどまるような生活は出来ないだろう。なんせ、目立ちすぎる。」
「そりゃあ・・・そうだけどさ。」
「元々ここはお前の家でもあるんだ我慢してくれ。」
いくらなんでも飽きるよ、見通しもつかないような病気なんだからな。いつになったら背が伸びるのやら。
「そういえばもうすぐ十七になるな。」
「ん?そういえばそうだね。」
「今年は何処に行きたい?」
・・・父は毎年、誕生日などの特別な日には旅行を用意してくれる。もっとも姉に僕を任せてだが、まあ医者というのは忙しいらしい。
「・・・今年は・・・いいや。」
折角話し相手が出来たんだもんな。
「え?」
驚いたかな?まあそうだろうな、普段はそれなりに嬉しいイベントだからね。
「別に遠慮は。」
「してないよ。」
「・・・。」
『時巻先生、時巻先生至急、第二診断室までお戻りください・・・。』
「あれ?」
「どうした?」
いや・・・あんた。
「放送・・・呼び出しくらってるよ?父さん。」
「ん?」
『第二診察室まで・・・。』
聞こえたかな?
「ん、仕事だ、また後でな。」
「じゃ、頑張ってね。」
・・・。
よし、父は出てったな。それじゃあ散歩に行きますかな。
いや、別に一緒に出て行っても良かったんだけど、なんとなくて。
・・・健康的だな、僕って。
っと、着替えますか。



「くーー、今日もいい天気だなあ。」
・・・親父臭くなってきたかも。
「父さんよ、成長とはこういう事なのか?」
などと独り言を呟くのも親父臭くなってきたからか?
「はあ。」
溜め息と、少しの自嘲をしながら窓から外を見る。
「さて、本当に出かけますかな。」
僕は病室を出た。
いつもの道を通り抜け、僕は眺めのいい丘に出る。
「・・・まだ、来ていないのかな?」
誰もいない・・・まあ珍しくも何とも無いが。
見渡す限りは、誰もいないようだ。
僕はいつものようにベンチに座ると、持ってきた本を読み出した。
・・・病室以外でゆっくり本を読んだのって久しぶりかも。
いつも一ページも読まないうちに話が始まっちゃうからね。・・。
・・・。
・・・・・・・。
黙々と本を読みふける事・・・一時間。
「今日は来るのが遅いな、学校の用事かな?」
今までも何度か詩織さんが来ない日は何度かあったけど、前日に『ごめん、明日は来れないや。』とか言ってくれてたから・・・まあ来るでしょ?
などと、考えもしながら、さらに二時間ほど本を読んでいるがまあ来ない。
「今日は来ないのかな?残念。」
僕は本を閉じる。
「もう少し待ってみて、それでも来なかったら帰ろ。」
さらに三十分ほど待ってみたが、結局彼女は来ませんでした。



「はあ、でも珍しいな。」
少しショック。
「どうかしたのかな、風邪でもひいたかな?」
少し心配。
「明日は来るかなぁ。」
少し不安。
・・・。
「なに百面相してるんだ?」
父さんか。
「・・・別に、なんでもないよ。」
「そうか?端から見て怖いぞ。」
「可愛い息子に怖いはないだろ怖いは。」
「そうよそうよ、かわいいじゃない。」
・・・。
「あれ?」
「こんばんは、祐介くん。」
「・・・。」
なんでこの人がここにいるのかな?
「具合はどうですか?木村さん。」
「はい、先生のおかげで。」
しかもベットに乗せられて。
「どうしたんですか!?ケガですか!?病気ですか!?」
僕は彼女に詰め寄る。
「祐介、落ち着きなさい。」
父が間に入る。
「父さん、どうなの、彼女は?」
僕は彼女の事を父に聞く、まあ医者だし。
「交通事故だよ。」
「原因は聞いてないっての。」
「私は大丈夫だよ?」
「それじゃあなんでそんなのに乗せられているんですか。」
彼女に目をやる、なんか気不味そうな顔をしている。
「で、今日は来れなかったんですか。」
「ごめんねー。」
っていうか布団の中でゴソゴソされても。
「しょうがないですね、はやく良くなってください。」
「・・はい。」
「それじゃあ祐介、病室に戻りなさい。」
・・・いたのか父よ。
「あとで、この子の病室は教えてやるからな。」
「それじゃあおやすみ、祐介くん。」
「はい。」
そう言い、僕は彼女と別れ、自分の病室へともどっていく。



「・・・で?」
僕は病室に来た父に疑問を投げかける。
「は?」
理解してよ。
「『は?』じゃないの父さん。あの子、どこを悪くしたの?」
「気になるか?」
「友達だもん。」
「というか、お前に健康体の友達がいるとは思わなかったのだが。」
というか、なるべく接触は避けるように言われてたんだけどね。
「それはそれとして、交通事故って聞いたけど、どこが悪いの?実際。」
「・・・打ち所というか、なんというか。わかりやすく言うと、肋骨が折れたときに体内に傷が出来てしまったんだ。」
「・・・どこ?」
「それは言えない。お前もそれ以上知った所で何も出来ないだろう?」
・・・でも、気になる。
「あまり体を起こすような事はできるだけ避けさせたいというのが医者としての意見だな。話しぐらいはしても構わんが、外には連れ出すんじゃないぞ。」
「わかってるよ、それくらいは。」
「そうだな、お前も医者の子供だもんな。」
「知識はあっても手は出せないけどね。」
医者の真似事はする気は無い。
「それとお前だ、何か変化は無いか?」
ふるふる、と僕は首を左右に振る。
「そうか、まあお前は気長にやってるからいいかも知れんが。」
「あんまり良くは無いんだけどね。」
「お?」
父が少し、驚いたような表情をした。
「どしたの?」
「いや。」
(一応、自分なりに前に進みたいという傾向はあるのか・・・嬉しいな。)
「顔、笑ってるよ。」
「なんでもないさ。」
「嘘。」
「嘘じゃないさ。」
「それも嘘。」
「なんでも決め付けるのは良くないぞ、息子よ。」
それが白々しいんだっての。
「お前も今日はもう休め。」
「わかったよ。」
「それじゃあまた来る。」
「はいよ、お休み。」
明日から散歩はお休みだな。



翌日、僕は彼女の部屋へと向かった。
コンコン・・。
『どうぞ。』
「おはようございます、詩織さん。」
「はい、おはよう。」
ベットから顔を覗かせる彼女。
「昨日は良く眠れましたか?」
「おかげさまで。」
「僕は何もしていないですよ。」
「そうだっけ、まあね、掛けたら?」
「そうします。」
僕はイスに腰掛ける。
「うわー、点滴だ、昔やってたなー。」
「そうなの?私は初めてよー、ご飯が食べられなくてひもじいわ、泣きそうよ。」
「あはははは、泣いてもご飯は出ませんよ。」
「うう・・・。」
「思ったよりも元気そうですね。」
「そんなことないわよ、もう、入院なんて初めてなんだから。」
「気が滅入る?」
「・・・実はそんなに。」
「そうですよね、そこまで繊細には見えませんよ。」
「ひどい事をさらっと言うわね。」
「誉めてるんですよ。」
「そうは聞こえないー。」
「僕もそう思います。」
そして、二人揃って笑顔。
その時、彼女から少し違和感を感じた。
「大丈夫ですか?」
「え?」
「顔が、引きついて見えます。」
「まあ、この美人の顔に文句を言うの?なかなかお高い子ね。」
「いや、そういうわけじゃないんですが。」
くすっ、と彼女は笑うと。
「冗談よ、心配してくれているのね。ありがとう。」
・・・。
まだ違和感はぬぐえないな。
「・・・!」
「どうしたの?」
「なんでもないです、さてそろそろ食事の時間ですからね僕も病室に戻ります。」
「うん。」
少し残念そうに言ってくれる彼女。
「それじゃあまた午後に。」
「うん。」




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