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眺めのいい丘



第一部


朝・・・、いつものように朝が来る。
僕は朝が嫌いだ。眠いし、長い一日が始まるかと思うと体がダルイ。
そこまでは普通の人間と何も変わらないかもしれない。
しかし入院中の僕は、さらに憂鬱だ。
いつもの白い天井を見て。
いつもの意味の無い検診を受け。
いつもの味気のない食事を取る。
これが僕のいつもの朝、これが僕のいつもの始まり、ここ数年の僕の日常。
朝、起きる。
昼、散歩する。
夜、寝る。
これが僕のいつもの日常、この繰り返しが僕の人生。
何の変化も感じない。
何の変化も存在しない。
存在しても意味はない。
存在しても関係ない。
・・・そう、僕には関係ない。



たまに(年に2,3回程度だが)僕の姉が見舞いに来てくれる。
今年で20歳、僕の4つ上の姉。
つまり僕は16歳になる。
「おはよう、祐介。具合はどう?」
耳に響く姉の声。
「見ての通り、何も変わらないよ。」
姉を見ずに僕は答える。
「体調のことを聞いているのよ、でも・・・本当に変わらないのね。」
僕の頭の先から爪先まで、ゆっくり眺めながら姉が言う。
「変わっていたら連絡が行くだろ。」
自嘲気味に僕は答える。
「それに僕は、病気さえ治ってくれればこのままでもいいと思うようになってきているけど・・・。」
「確かに高望みはいけないかもしれないけど・・・。」
僕の言葉を遮って姉が言葉を紡ぐ。
「『12歳』のままって訳にはいかないでしょう?」
僕の姉が僕の目を見る。
僕はそのまなざしを真っ直ぐ受け止める。
『12歳』のまま。そう、僕の見た目の年齢は明らかに小学校高学年、よく見ても中学生だ。誰も僕が今年で16歳とは信じないだろう。
「なるようにはなるさ。気にしないで姉さん。」
「そうね、しょうがないものね。」
姉は、その日の面会時間ギリギリまで僕に付いていてくれた。



『12歳』のまま。
そう、僕の中では4年前から時間が止まっている。
生来、心臓の弱い僕は4年前に手術を受けた。医者に生きるか死ぬかの選択をせまられたのがその時期だ。
体力的に安定していた事もあるが、『生と死』をきちんと把握した時でもあったからである。
『大して難しい手術ではない』そう聞かされていると同時に『手術をしなければ死を覚悟しなければならない。』とも聞かされていた。
だから僕は手術を受けた。
麻酔で眠っている間、その前後の事も含めて、何が起きたは知らない。
しかし。
涙を流し、僕の手を握る母の暖かさ。
ゆっくりと、僕の頭を撫でてくれる、父の手の大きさ。
この2つだけは、はっきりと僕の記憶に残っている。
手術は成功した・・・そう聞かされた。
それから1年間、何事も無く僕は回復に向かっていた。
最初に気が付いたのは病院の看護婦だった。
その日は検診の他に、身体検査もあった。
僕の身長を計った看護婦は、驚愕の表情を浮かべ電話を取った。
「『背』が伸びていません。」と。
一年間も身長が変わらない子供はいるのだろうか?
答えは“YES”
僕みたいに、大掛かりな手術を受けた子供の成長が止まる事は稀にあるらしい。
あくまでも一時的なことのはずのようだが。
手術をする事によって傷つけられ、減少した体細胞を復元させる為に『成長』に必要なエネルギーを使うからだ。
その後、爆発的に成長するらしいが。
最初は医者もそう思っていたらしく『問題ありません。』と言っていた。
それから、定期的に身長を測るようになった。
しかし、2年、3年と経った今でも僕の身長は変わらない。
『成長に必要なエネルギーをすべて使ってしまった。』
『心臓に負担がかかるのを恐れて、体が成長するのをやめてしまった。』
『手術の結果、成長を司る中枢神経を破壊してしまった。』
さまざまな意見が飛び交った。
いろんな医者が僕の体を調べた。
しかし何もわからない。
もっとも、理由なんか、何でもいい。
僕は成長出来なくなった。
それだけわかれば、それでいい。



僕の日常は昼過ぎからだ。
お昼過ぎに、必ず散歩をする。
ひとが成長するには『日光』を浴びないといけないらしい。
意味の無い行為だとは思っているが。ここ数年、散歩を毎日かかさずしている。習慣づいてしまったようだ。
今日も僕は散歩に出かける。
体が『成長』出来ないだけの子供。
激しい運動さえしなければ普通の生活が出来る。
そんな僕なので、看護婦さんはいつもついて来るわけではない。
病棟を出て中庭に行き、すぐ隣の公園の中へ進む。
公園の中を15分ほど歩くと、丘のような所に出る。
病院からは少し離れているせいか、普段は誰もいない。
そんな丘だ。
きちんとした名前があるわけでもなく『眺めのいい丘』と僕は呼んでいる。
僕の入院している病院は、自然公園の中に建っている。
高め土地なので、その『眺めのいい丘』から見ると市街が一望できる。
備え付けのベンチに座り、街を眺める。
いつも眺めるだけのキャンバスに描かれたような街。
歩いた事の無い街並み。
通った記憶の無い学校。
道行く車を見て、最後に乗ったのはいつだろうか。などと考え。
空を気持ちよさそうに飛ぶ鳥をみて、小さな嫉妬感を抱く。
何をする訳でもなく、ただ風にあたり、再び病棟へ戻る。
・・・空が暗くなったら寝る。
これが僕の日常。
変わる事のない、周り続ける輪の中に僕はいる。



今日もそんな日常を僕は過ごすはず。
そう思いながらも散歩に出かける。
今日は一人だ。
『眺めのいい丘』に僕は向かう。
ゆっくりとしたペースで、林道を抜ける。
その時、ある事に気付き歩みを止める。
歌声が聞こえる。
かすかだが、『眺めのいい丘』から歌声が聞こえる。
僕は再び歩き出す。
林道を抜けるとすぐ『眺めのいい丘』に出る。
見慣れた景色の中に人影が立っている。
女の子、そう長い黒髪の女の子。
僕以外の人間がここに来る事は滅多に無い。
彼女は街に向かって歌っていた。
大きく澄んだ声、柔らかく、優しく、包まれるような声だ。
僕はいつものようにベンチに向かう。
その時、彼女は僕に気付いたようだ、歌う事をやめて僕の事を見る。
・・・僕は彼女の視線を無視し、ベンチに腰掛ける。
「うっ・・・。」
彼女がうめく。
うめく?
「君・・・こんな所に何しに来たの。」
話し掛けてきた。
「日光浴、来ちゃいけなかった?」
彼女の方に目を配る。
ふるふる、と顔を左右に振る。
「でも珍しいね、病院の子でしょ?こんな所まで来るなんて。」
「毎日来ているけど?」
「うっ・・・。」
また彼女はうめく。
「でも、確かに珍しいかもね。」
少しフォロー。
「でも僕以外の人間がここに来る事の方が珍しいよ?」
今度は彼女の方に向いて言う。
彼女は腰まであるような長い黒髪をした女性だった、歳は・・・僕の『実年齢』と同じくらいか、可憐な顔をしている。
(綺麗な歌声にぴったりな容姿だな。)僕は本気でそう思った。
「そうかしら?ここには私、良く来るけど。」

「良く来るって、いつ頃から?」
良く来るのなら、見た事が会ったかもしれない。
「一ヶ月くらい前から。」
会っていないな。
「僕はここ4年間、天気のいい日は毎日通っているよ。」
「よ・4年間!?」
さすがに驚いたらしい。
「そんなに長い間入院しているの!?」
少しむっとした。
「もっと前から入院していたよ、ただここに来るようになったのは4年前から。」
そう、僕は入院しているときの記憶以外はあまり無い。
「あ・・ごめんなさい。」
彼女が謝ってきた。
「いいけど、事実だから。」
そう言いながら僕は視線を彼女から街へと戻す。
「隣、座ってもいい?」
「いいけど。」
ここにベンチは一つしか無い。
「ありがと、私は『木村詩織』あそこに見える高校に通っているのよ。」
そう言って一つの学校を指差す。
結構遠いな。
「僕は『時巻祐介』ただの病人。」
簡単に説明。
「時巻・・・祐・・介くん?」
「そうだよ?」
少し考えるような表情。
「じゃあ祐介くんだね。」
そんな事を考えたんかい。
「中学生くらい?」
ドクッ、心臓の音が跳ね上がる。
一番聞かれたくない事だ。
「あれ?まだ小学生?」
ドクッ、また自分の中で何かが反応する。
答えたくないな。
「そのくらい?」
「・・・はい、そのくらいです。」
「・・・そ。」
結構、アバウトな性格らしい。
・・・・・。
少しの沈黙。
僕は風の流れを体全体で感じ、小さく息を吐いた。
「・・・風。」
「え?」
急に彼女・・・木村さんが声を発した。
「風、気持ちいいね。」
「そうですね、季節によっては2時間ぐらいずっとここで風にあたっていますよ。」
「体、外に出てもいいの?」
「逆に外に出ないといけないんですよ、僕の場合は。」
意味は無いが。
「そうなの?長い間入院してるって言ったから、外には出れないもんじゃないのかなーって思ってさ。」
僕に視線を向けて言う。
「僕は体が極端に弱いだけですから、激しい運動や刺激さえなければ、散歩くらいなら出来るんです。」
普通の生活は出来ないが。
「そう、なんだ?」
「そう、なんです。」
・・・。
・・・・・。
また沈黙。
「木村さんは、ここで何をしていらしたんですか?」
今度は僕が聞いてみる。
「え?あたし?」
他に誰がいる。
「歌を歌っていましたね。」
「聞いてたの!?」
そりゃあ聴こえるさ。
「で、どうだった?」
彼女が聞き返してくる
「え?どうって?」
「感想よ、感想。あたしの歌、聞いてくれたんでしょ?」
感想・・・。
「いや、あんまり聴いていなかったので。」
何故か、とっさに正直な感想が出なかった。
「そう・・・。残念。」
「お歌、練習ですか?」
逆に僕が聞いてみる。
「そうなの、今度、学校の部活、コーラス部に入っているんだけど、その部で大会に出るのよ。」
一気にまくし立てる彼女、相当気合が入っているようだ。
「そうですか、頑張ってくださいね。」
そう言って僕は立ち上がる。
「もう行っちゃうの?」
僕につられたのか、彼女も立ち上がる。
「はい、それでは僕はこれで。」
また日を改めよう、そう思った。
「送っていくよ、病院まででしょ?」
「いえ、慣れていますので、大丈夫です。」
そう言って僕は背を向けるが。
「そんなこと言わないの、お姉さんに任せなさい。」
どうしてもついて来るらしい。
「・・・じゃあ、お願いします。」



正直、病院までの帰り道はすごく長く感じた。
同年代の人間(中身が)と話した事はあんまりなかったからだ。
だから、僕は何を話せばいいのかまったくわからなかった。
もっとも彼女の方は、年下の男の子の面倒を見る。
そんな程度にしか思っていなかったようだ。
結局、彼女が話してくれる言葉に、適当に頷いているだけにした。
普段、姉や父親にやっている事と同じだ。
僕は彼女から色々な話を聞いた。
学校の事。
部活の事。
友達の事。
そんな話を楽しげにする彼女を見ても、うらやましいとは思ったが嫉妬はしなかった。
そんな自分を不思議に感じた。



僕は、自分が思っているよりも、『外』の世界に対して憧れを抱いてないのかもしれない。




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