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脱兎のごとく



第一部


「全員集まったか?」
一人の少年が言う。
「お弁当は用意しておいた?」
一人の少女が言う。
「これから五時までだからな、タイムリミットは九時間だ」



鬼ごっこ・・・子供の遊びの名称である。『鬼』の役になった子供が他の子供を追いかけて捕まった子供が代わりに『鬼』となる。それを繰り返す遊びのこと。
これから登場する『元気で』『賢い』子供達はハウスルールにより最初の鬼は捕まえた相手と鬼を代わり、逃げる。
二回目以降は捕まった人間は皆『鬼』となる。最終的に制限時間を超えた場合、残った人間全員の勝利である。



『ジャーケーン・・・』
僕たちはいつものように声を合わせる。
『ポン!』
・・・。
『あーいこーで・・・』
もう一度。
『しょ!』
「勝ちー、それじゃあお先に」
そう言って一番手に勝ち抜けた晃一が走り去る。
校内へと逃げ込んだようだ。
校内、そう学校だ。つい昨日まで僕たちが通っていたこの小学校は僕たちが卒業すると同時に廃校になる。
昭和時代に疎開地であった僕たち村、そんな時期に作られた学校は木造だがかなりの大きさだ、四十年も前では一学年に五百人近くの生徒がいたというがもはや無駄に教室が多いだけの学校だ。
廃校になる原因は・・まあ生徒がいないことだ。人口が五十人にも満たないような村での学校、今までやっていけたほうが不思議だ、と親父が言ってた。
卒業式を間近に控え、最後の生徒の追い出しにかかろうとしている。
そう僕はこの学校の最後の卒業生の一人、全員で十人しかいない最後の生徒で名前は彰。
・・・他の連中と比べれば地味な存在だけどね。
そしてこの木造の長寿学校には、うるさいといわんばかりに『立ち入り禁止』の看板が見える。
まあ・・・あれだよ、そんなことをすれば僕たちの好奇心はうなぎのぼり・・・仕方が無い事だよな?
そういうことで兼ねてから禁止されていた学校内での鬼ごっこをやろう、という話になった。
普段は近くの林の中でやっていたこの遊び、しかし以前はただの追いかけっこ。今回は隠れる場所も豊富である。みんな楽しみだ。
『あいこでしょ!』
『しょ!』
『しょ!』
「それじゃあお先!」
「おう、すぐ追いつくぜ」
僕はそう言うと全力で校内へと走りこむ。目的地は・・・屋上だ。
(鬼は誰になるかな・・・)
僕は振り向きはせずに残ったメンツの顔を思い浮かべる。
通常の林の中では足の速い弘樹が有利だ。
だがここは学校だ、隠れる場所はある。
それに・・・罠もはれる。
そう考えると頭の回転が速い春歌の存在も気になる。
トリッキーな動きでいつも僕たちを翻弄する晃一は真っ先に抜けたからとりあえずはノーマークとして。
双子の真一と恵子は一人一人ではあまり脅威ではない。
問題は・・・野球組の大志に瞬兵、それに勇太に史郎の四人か。
大の大人を相手に混じって平然と野球をする連中だ、そのポテンシャルは計り知れないものがある。
ダダダダダダダダダッ・・・。
後ろから同じ階段を上がってくる足音がする。
合図が無いからまだ鬼は決まっていない、この足音は・・。結構体躯のいい奴だな。
「ちっす、彰はあいかわらずのんびりだな」
史郎だ、どうやら鬼は免れたらしい。
「そうでもないよ、お前の足が速いんだ」
史郎は僕の歩幅にあわせて、歩きだす。
「僕は今から屋上に向かうんだ、見晴らしがいいからすぐ行動に移せる」
「そのかわり逃げ道が少ないだろ」
「それがいいんだよ」
僕は笑みを浮かべる。
「そういや、お前はいつもそんな感じのところに逃げるよな」
「性分だよ、それじゃあ・・・」
と、史郎と別れようとした時だ。
『ピャュ――――――――――――――――』
「お?」
「この音は・・・」
『大志か!』
僕たちはそれぞれ笛を持っている、一人一人の音が微妙に違う、それで誰が鬼かを聞き分けるんだ。
「厄介な奴が鬼だな」
「ああ」
「とりあえず、オレは隠れるよ」
「ああ、じゃあまたな!」
二人して駆け出す、あと三十秒もすれば大志が校内に入ってくるだろう。
僕は当初の予定通り屋上へと上がる。



「よっと」
僕は屋上のふちから顔を覗かせる。
「あれは・・・恵子かな?」
校庭の倉庫の影から周りの様子をうかがっている人影がいる。
「やるな、隠れるなら校内って最初に考えない奴もいるとはな。」
っと、感心してる場合じゃないな。鬼を探さないと。
僕は索敵を開始する。
「くっ!」
その瞬間僕は首を左へ避ける。
ひゅっ!
僕の頬に紅い・・・ひとすじの線が生まれる、血だ。
上からゆっくりと一本の細い木の枝が落下してくる。
「・・・ばれたか」
草野球でピッチャーをしている大志が投げた物だ、奴は大の大人相手に三振の山を築き上げる。
158km/秒を超える驚異的な球速、自在に曲がる多彩な変化球、そして100b先から針の穴に糸を通すほどの異常なコントロール。
もちろん獲物が代わっても、その能力は衰えやしない。
「おーい!すぐに捕まえてやるから大人しくしてろよ!」
大志が昇降口の正面からでかい声を上げる。
「バーカ、そんなん待ってる訳無いだろ!僕は消えさせてもらうぜ!」
僕は言葉通りふちから首を戻す。
手の甲で頬の血を拭いながらドアを背に座る。
「さて、これで何分か稼げただろう」
あいつは頭が悪いからな、しばらくここには来ないだろう。
「そうだな」
・・・。
「うわ!」
僕の隣から突然声が湧いて出てきた。
「弘樹・・・脅かさないでくれよ」
突然湧いて出てきた声の持ち主は、弘樹だった。
「いやーココに上がってくるやつがオレ以外にいるとは思わなかったよ」
「僕もだよ、ココは通り道が二ヶ所、鬼はそのうちの一本を通ってくるから必然的に逃げ道は一本になる」
「普通に考えればね」
「そう、普通に考えれば」
僕たちは意味ありげに笑う。
「こんなに自由に動き回れる場所そうは無いのにね」
「それがわかっている奴が彰っていうのもやだよ」
「オレも嫌だね、僕より足の速い君が敵に回るのは困・・・」
がらがらがらがらがらがら・・・・。
ガシャーン!
ガラスの割れる音が派手にする。
始まったようだ。



それから僕たちは一時間近く暇だった。
通りかかった勇太や真一の話によると春歌のはったトラップに大志が引っかかってしばらく動けない状況になっていたらしい。
切ないな、だから猪突猛進は無意味なんだって言ったのに。
これを機に脳みそ組があたり構わず罠を配置しているらしい。

ィ---。
小さい音だが、僕たちは聞きのがさなかった。
二人同時に音の方向へ顔を向け音も無く立ち上がる。
「A棟の階段だな」
「うん」
僕たちはお互いに背を向け視覚と聴覚をフルに使い索敵を始める。
カカカカカカカカ・・・・。
「階段を駆け上がる音だな、今のうちに動いておくか」
「賛成・・・だ!」
僕はB棟に降りるべくドアを開ける。
弘樹はまだ、元いた場所。A、B棟の中間あたりだ。
バン!
ドアが勢いよく開かれる、大志だ。
「見っけ!」
五十bくらいか、離れた所のドアで僕は様子を見る。
弘樹が駆け出す、しかしそれは二つの出入り口のどちらでもない・・・。
大志一瞬、僕と弘樹の位置を見比べる。
弘樹は走っている、ドアのない方向へ。
大志は弘樹をターゲットにしたようだ。
「弘樹!後ろに来てるぞ!」
そういった瞬間に僕の眼前には野球のボールが飛んできた。
僕はそれをしゃがんでかわす。
「僕もマーク中って訳か」
僕の声に反応し、ジクザグに走りだす。
狙いが定まらないせいか、それとも弘樹が意識的にかわしているのか、大志が投げたボールはことごとく空を切る。
弘樹はなおも加速を増す。
弘樹の後ろを追う形で大志も追う。ボール遊びは諦めたらしい。
珍しく懸命な判断だな。
弘樹はそのままのスピードで走る、その先では屋上が切れる。
「そっちは行き止まりだ!観念しろ弘樹!」
しかし、大志は弘樹に追いつける気配はない。
弘樹はそのままのスピードで屋上のヘリに足をかけて。
飛んだ。
地面から二十bはある高さから。
勢いよく。
そして・・・。
体育館の屋根へと飛び移った。
「ああ!?」
大志が急ブレーキかけ身を乗り出して弘樹の方をみる。
弘樹はしっかりと両の足で屋根に着地、振り向いて微笑む。
『ガシャ――――ン!!!!!!!』
そしてそのまま天窓を割って体育館へと侵入する。
確かに、俺が知っている限り弘樹は現在日本で100mを九秒台で走るのに一番近い人間だ。
奴の加速についていくのは至難の業。否、常人には不可能だろう。
しかも奴の体バランスはほぼ均等に保たれている。走り幅跳びも三段跳びも十二分に世界を狙える能力を保有している。
高さがあるとはいえ、走り幅跳びで六bの距離が出せればあそこから体育館の上には確かに行けるだろう。
かなりの度胸が必要だが。
加速を緩めてはいけないし、踏み込みのタイミングを間違えても駄目だ。
「そういうことを平気でやってのけるなっての」
僕は大志がバランスを崩し、ヘリの直前に停止をするのを見逃さなかった。
僕から注意が反れたな。
僕は開いたドアには入らずに、B棟出入り口のドアのある建物の上に身を隠し、息も殺し気配を消す・・・生き物から景色に変わるんだ。
「くそ!もうちょいだったのに!」
そう叫ぶと頭を切り替えたのか、僕を追うためにB棟の下へ走って行く。
僕は足音が消えるのを確認すると、再び屋上に一人降りる。
開け放たれたドアを二つとも閉めると、僕はまた両方のドアの真中付近に腰を下ろす。



僕は数分間頭の中でシュミレーションする。
あんな事が可能か?
無理だろ。
しかもあいつは初めからあそこに逃げるつもりで屋上にいたんだ。
「ありゃやりすぎだよ」
改めて弘樹が飛び降りた方に目を向ける。
ボ―――――ン。
・・・。
校舎と体育館の間の渡り廊下で煙が上がった。
「しっかし」
下の階からまたもや爆音が聞こえる。
「今日は一段と派手だねえ」
そうA棟のドアの方に目を向ける。
A棟側のドアノブがかすかに動く。
「ここに大志はいないよ」
僕はドア側に言う。
A棟から誰が出てくるかは分からないが、とりあえずB棟へと降りていった大志じゃないだろう。
「その声は・・・彰くん?」
ドアから出てきたのは・・・春歌だ。
「さっきまで、体育館にいたんだけど、上から弘樹君が降ってきたから」
「弘樹が鬼になった時のために場所を移して置こうって?」
「うん、あと大志君に見つかっちゃって、大変だったよ」
「そうなんだ。で、どうやって逃げてきたの?」
追いかけっこじゃこの子は誰にも勝てない。
「とりあえずセットしておいたトラップを二つほど発動させて逃げてきたんだ♪」
また楽しそうに話しますな。
「でもその時に、うっかり真一くんと晃一くんも巻き込んじゃった」
てへっ、と舌を出しながら言う。
『ピュュ―――――――――――――』
・・・。
「真の音だな」
「そうだね」
『ピュ――――――――――――――――――――』
「今度は晃一くんの音だね」
『ピィ――――――――――――――――――』
「あれ?恵ちゃんも?」
「巻き込んだのは二人だけだったんじゃないのか?」
「・・・よく分からないかも、あはははは」
はははじゃないよ、お嬢さん。
「で、いくつくらい罠を仕掛けたんだ?」
「えっと、詳しい場所は言えないけど・・・今生きているのは百三十個かな?」
ドガ―――――ン!
がらがらがらがらがらがらがら・・・・・。
ズ―――――――ン。
A棟の階段の下、からか。
僕は無言で春歌の顔を見る。
「百二十九個になっちゃった」
「『なっちゃった』じゃないよ、大体百三十個言ったら、僕が校舎内で考えれるだけの罠は既に配置済みってことじゃないの?」
・・・。
「ドアとか階段を見ると、罠を仕掛けたくならない?」
そういう事かい。
「お前だけだよ。それよりも移動をしよう」
「そうだね、挟み撃ちにされちゃあ逃げられないし」
「どこが安全?」
春歌に聞く、こういうのは彼女の得意分野だ、今日は一日屋上で鬼を馬鹿にしようと思っていたんだけどね。
「うーん、やっぱり体育館の倉庫か理科室かな?色々仕込んだし」
「入り口が二箇所だけの理科室とか怖いんだけど」
仕掛けが。
「でも体育館は弘樹君にばれちゃってるし」
「弘樹が鬼になってから移動するんじゃ駄目なの?」
「それでもいいけど・・・」
「ストップ!」
僕はA、B両方の棟から同時に足音を感じた。
「足音が二つ、両方から来てる。というわけで僕はすぐに逃げる。春歌も早く逃げた方がいいよ?」
「え?でも両方の階段から来てるんでしょ?」
「うん、足音のタイミングも同じだから多分双子の真と恵」
「どうやって逃げる?」
・・・。
「うん、自分で何とかしてね」
僕はそう言うと屋上のヘリに手をかける。
「えー、あたし捕まっちゃうよ〜」
「いいじゃん?いつも鬼側だし」
運動神経のあまりない彼女にとって逃げるのは非常に困難なことだ。特に周りの連中みたいな化け物を相手にこのゲームを継続する事自体無茶な事だ。
・・・しかし彼女は鬼としての才能は計り知れない。
p そう、彼女はその天才的な頭脳でいつも罠をはり、獲物がかかるのを待っているのだ。
彼女が林の中で最初に鬼になったとき、ミシン糸とそこらじゅうに転がっている木の枝や毬栗、落とし穴もそこら辺のくぼみを利用して作っていた。
そして今日は彼女の能力が最も発揮される状況だ。
「今日は逃げたい気分なの」
「僕一人ならなんとかなりそうなんだけど」
「ダーメ、あたしと一緒じゃないと罠の場所がわかっても解除できないよ?」
確かに、春歌の作った罠は彼女以外には解除できない。しかし僕たちが作った罠は春歌にかかればおもちゃですらない。目を瞑ったままでも解除してのける。
『バン!』
二つのドアが同時に開かれる。
『よっしゃ!見つけたで二人とも!』
「連れてってね♪」
「・・・今回だけだからね」
はぁ、たまには二人で逃げるのもいいか。
『何ゴニョゴニョしゃべってるんや!もう逃げ道はないで!』
「ええい!ステレオで関西弁喋るのやめ!」
「じゃあワイが喋るわ、往生しい」
「ウチらからは逃げられないで!」
二人はジワジワと僕たちから距離を縮める。
僕たちはそれに気圧され、屋上のヘリに追い込まれる。
『ふふふふふふふ、久しぶりやなあ、彰!あんさんが鬼になるのは!』
「だからステレオで喋るなっての・・・まあいいや」
僕は屋上のヘリの上に立ち、春歌を左腕で春歌の体を抱え込む。
「じゃ、またね」
僕はそのまま二人を正面に見据えたまま後ろ向きで飛び降りる。
『な!』
僕は空いている右手で三階のベランダの手すりを掴む。
「ぐっ!」
さすがに二人分は・・・重いな。
「大丈夫?」
心配そうに僕の顔を覗き込む春歌。
『おいおい大丈夫か?』
上からは双子が話し掛けてくる。
「・・・頼むから、話し掛けるな・・・ぐぐぐぐぐ・・・」
僕は右手の力だけでベランダに体を押し込もうとする。
「あんまり無茶しないでくれよな」
ベランダから声がすると共に、僕の腕が太い腕につかまれ、力強く引っ張られていく。
「余計なお世話だったか?なんとかなりそうだったな」
小麦色の皮膚、体躯のいい体。このメンバーの中でも最も力がある男、否、漢。瞬兵だ。
「いや、無駄に疲れないで済んだ、助かったよ」
「ホント、怖かったんだから」
やかましい。
「大体さ、春歌が無理言わなければなんともなかったのに」
「無理じゃなかったもん♪出来たから無茶だもん♪」
「なんだよそれ、バカじゃねえの?」
「なによそっちだって納得した上で連れてきてくれたんじゃん」
「逃げ道くらい確保しておけよな!」
「なによ、そういうセリフはマトモな逃げ道を確保してから言ってよね!」
「と、とりあえず移動しよう。ここもばれちまったし。」
そうか、今ごろ双子がここに向かっている頃か。
「そこの非常階段から一気に外に出てその後また隠れよう」
春歌が提案する。
「オッケ、それじゃあ・・・」
『またんかい!』
「また狭い道を二人並んで走りやがって」
「それ以上来るとあぶないよ!」
春歌が大声で忠告する。
『え!』
二人が急ブレーキをかける。
ベランダに罠?どうやって仕掛けたんだ、つか・・・危ない罠なのか。
「今のうちだ!」
僕たち三人は瞬兵、春歌、僕の順番で駆け出す。
一気に階段をおりて校庭へ出る。
「ベランダに罠って?どうやったの?」
少し余裕が出来たので聞いてみる。
「ないよ?驚かせただけ」
にっこり笑顔で答える春歌。
「あは・・・あはははは・・・怖ぁ」
乾いた笑いの瞬兵。
脅しじゃねえのか?
双子はさっき僕が見せたベランダでの降りかたを試みている。出来そうだな、あの二人なら。
「ストップ!」
階段を下りきった瞬兵が声を荒げる、正面からもう一人の鬼、晃一が来ていた。
こっちも向こうも三人、だが僕たちの方が圧倒的に不利だ。
「はあ、終ったな」
さすがに挟み撃ちではどうしよも無い。
「なんで?大丈夫だよ」
春歌が軽く言う。いや、無理だろ。
『よっしゃ!もらった!』
三人が声を揃えて言う。
負けたか。
「たまには鬼も悪くは無いかな?」




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